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おもに少年愛と小説に関する雑記。エッセイとコラム
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少年の街 金と昌巳4
 昌巳は布団に横たわっていて、金の顔を見ると幾分血色がよくなったその顔に安堵の表情が広がった。差し迫って具合が悪くなったようには見えなかった。
 「何だ? どこか痛いのか」
 「先生、どこ行ってたん?」
 先生、というのはこの街での金の仇名のようなもので、敬称ではない。ここいらに定住している人間で、先生という呼称に値する生業をなす者は、金以外には自称芸術家くらいしかいなかった。したがって、こう呼んだからとてそれだけで昌巳が急に殊勝になったということはできない。
 「下の病院だ」
 「誰も患者なんかおらんのに?」
 「ああ、お察しの通りの閑古鳥だから片付けて店じまいだ。で、どうした?」
 奇妙な短い間があった。
 「……便所……」
 「は?」
 「うんこ、したいねん」
 金の顔に笑みが広がった。
 「何だよ……トイレのドアはそこだ。まあ通じがあるのは健康の……」
 影になった昌巳の表情が漂わせるものを感じ、金の言葉と笑みは、うつ向いた昌巳の表情の闇に飲まれるように消えていった。
 「……立たれへんねん。さっきからなんぼがんばっても足に力が入らへん……先生、俺どうなるんやろ……」
 悲痛な声だった。金は勢いよく腰を上げた。今昌巳と目を合わせる勇気はなかった。そのまま昌巳の頭の方にまわってしゃがみ、昌巳の脇の下に手を差し入れて彼のからだを抱え上げた。
 「どうもならんさ。まずはクソしてから考えろ」
 軽々と昌巳の小さなからだを宙に浮かせたまま、金は大股に歩いて、トイレのドアノブに手をかけた。昌巳を洋式の便座にゆっくりと座らせると、彼のパンツに指をかけた。
 「それは、自分でできる……」
 昌巳の小さな手が、金のごつい手に重なった。
 「そうか、じゃ終わったら呼べ。閉めるぞ」
 「うん」
 金は軽くドアを押して閉めると、小さくため息を洩らした。
 敵意のない人間しかいない、シェルターのような狭い空間に守られたことを、昌巳の無意識が確認したとき、過度の緊張に隠されていた彼の本来の疲労と衰弱が表面にあらわれたのだ。その現実がどうであれ、あの幼さで、安息できる巣を持たない彼が、発熱やだるさくらいならいざ知らず、歩けないと実感した時の不安と絶望と悲しみは、想像を絶し、安易に同情することすらおこがましいように金には感じられたのだ。金は先ほど昌巳の目を見ることを避けた自分を、無力だと感じていた。

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