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おもに少年愛と小説に関する雑記。エッセイとコラム
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子ども部屋5
 マンションの一階の、つぶれた英会話塾の跡の空きテナントの前に、煙草の自動販売機がある。しかしあろうことか大半が売り切れランプだった。自販機に棚卸しなんてあるのか? 塾に続いて倒産か? 俺は舌打ちして、2ブロックだけ歩いたところにあるコンビニの前の自販機で、キャメルを二箱買った。パッケージの、この異常なほどの注意書きは何だろう? この箱の中身の半分以上が税金だなんてどういうことなのか? と、いちいち考えてしまうのだが、今となるとやめるのも何だか癪なのだ。平均的な成人は、一切ニコチンを断ち、四日間程度辛抱すれば禁断症状から離脱できるので、何ヶ月かでも売るのをやめればみんな吸わなくなるというのに、この注意書きは全く偽善だ。
 ドアの電子ロックを解除する。普通のシリンダ鍵がついているのだが、合い鍵を一本、もしかしたら遊びに来る悪ガキの一人がくすねたかもしれないとおそれだしてから、自前で電子ロックをつけた。子どもは純真だというが、一面それは真実だが、実際は大人と同じだけ様々なタイプがいる。
 小さな子が極度の悪さをしないのは、圧倒的に力で勝る大人に支配されているという要素が大きい。無論本当に幼い子の宇宙は母親しかなく(もっと前はその胎内である)、その後家族に、数人の友達に、と広がっていく。自分の宇宙が広がるとともに、過去の小さな宇宙を疑い、時には憎み破壊しようとするのだ。あるいはまた、今これから踏み込もうとする新しい宇宙に拒まれたと感じるとき、それを敵視し、攻撃する。
 ……まあいずれにせよ、手クセの悪いガキもいる。それもまたかわいい面もあるわけで、いやな思いをしないために、嘘や裏切りをあらかじめ防御するのだ。中学生くらいになれば、隙だらけの甘い大人に心を許さなくなる(ありていに言えば「なめる」)子も多い。

 ドアを開けて中に入る。シャワーの水音は止まって、洗濯機のごおんごおんというモーター音が静かに聞こえ続けていた。脱衣場のドアも開いていた。中に彼はいない。
 そして、リビングの引き戸を開けて、のけぞった。二、三歩、あとずさったほどだ。
 「……何をしとるんやお前?」
 「ゲーム」
 ぶっきらぼうにこたえた伸介は全裸で、先日新調したばかりの32インチ液晶テレビの前の、大きな丸いクッションに、丸出しの尻を沈めて格闘ゲームをしていた。
 「ゲームはわかっとるわ。そのカッコは何や」
 むずむずと股間が反応した。何か先制攻撃を食らってしまった気がして、復讐せねばなるまい、と、理不尽な発想が浮かんだ。
 「せやかてまだ洗濯機回ってるやん。パンツまで放り込んでからに」
 もっともだ。
 俺は黙ってクローゼットを開け、自分の黒地に白いプリントのTシャツと、トランクスを投げた。伸介は振り向きもしない。俺は横合いからゲームにポーズをかけた。
 伸介はほのかに赤い頬をぷっとふくらませて、シャツを取る。髪はまだかなり水分を含んでいて、豊かに白く、天井のまばゆい蛍光灯の光を返し、いくらかは額に張りついている。バンザイをしてシャツを腕に通す伸介を、少し手伝う。甘い匂い、眩暈のするような素肌。伸介は、トランクスを穿かず、俺の大きなシャツを尻の下にくぐらせて、前もそのシャツで隠した。何となく、彼がそうするのを、俺はあらかじめ期待して、誘導していたような気がしていた。
 バスルームに戻って、無造作に洗濯機にかけてあった伸介の使った、湿り気をおびたオレンジのバスタオルを取り、リビングに戻り彼の後ろに座って、タオルを彼の頭にふわりとかけて、指を立て強めに拭った。
 「もうゲームしてええ?」
 間近に俺を見上げる伸介が、また笑って歯をのぞかせた。俺はあえてやや無愛想気味に、うなずいてみせる。
 「ほなここ」
 伸介はクッションの座り位置をさっと左にずらして、ぽんぽんと空いた位置を叩くのだ。一緒にやろうということだ。遠慮はいらない。俺は密着して、彼の横に腰を落とした。

 あとの展開を仕組むために、いろいろ聞き出そうという思惑はあったが、もう少しあとにしようか。運命の車輪はもう回転を始めていると、はっきりと感じていた。慌てなくてもきっとなるようになるのだ。逆に言えばもう、俺も伸介もその輪の回転から逃れられはしないのだ。

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