忍者ブログ
おもに少年愛と小説に関する雑記。エッセイとコラム
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

タワごと師たち
 4/19の俺のブログ記事の一部が、2chに貼られていたようだ。

 そのこと自体は、覚悟してたっつうか、大歓迎。ま、あそこの常にくだらない論調に一石を投じられるかもしれないし。

 ただあそこに直に降りていくつもりはないけど、ここでフォローをしておきたい。言い訳というべきかな。

 関連した記事はもう一つ以前にも書いていて、あくまで俺は一般論を述べたまでで、自身は自主規制基準を遵守した本を用意してイベントに挑むつもりであること。基準を超えているかもしれない本も持ち込むが、主催者の意向を超えてまで無理に頒布する気はないことがまず前提。小説本が大半なんで、既刊でもいけるものがかなりあるはずなんだ。

 そしてその「一般論」の内容についてだが、

 「この時期に不謹慎」
 「あとのイベント開催に悪影響が出るかもしれない」

 笑止千万。

 不謹慎なのは都条例に準じてゾーニングを行った上にまだ、自主規制を求める勢力である。これが都産貿なのか都の有力者なのか地域住民なのか、ショタケ主催なのかその実態は不明だが、不謹慎で無礼な人たちにより、表現の自由が犯されているのだ。内心の自由が、内心のオカズが……。そんなものに口を出すことこそ不謹慎なのだ。

 それから都産貿での同人イベントはすでに「事実上終わっている」のだ。いちいち内容規制をしないとイベント開催できない時点で、もう終わっている。「無難なイベントなら……」もくそもない。かわいくて楽しい同人やってる人は、実際は鬼畜残虐と大きくは同じカテゴリに入ってる自覚がないのだろうか。線引きを始めた時点で、その線はどこにでも動かせる余地があるのだ。線引きが必要な時点で「すでに終わって」いるのである。あともくそもない。
 ショタケの主催者にこの認識があるなら、今回の詳細な自主規制基準はギャグであり、建前であるはずなのだ。そうでないなら主催者もすでに「終わって」いるのである。そのことを述べた。

 建前は破られるためにあるんでしょ。破られない建前は建前じゃない。そのことを述べた。

 そもそもこうした動きの引き金を引いたのが、問題になったイベントの当事者の内輪もめかららしいと噂に聞いている。情けない話だ。
 都産貿の職員にしたって、もし「理解があって」も、「こんなのいいんですか」と切断絵を見せられたら、「いいよ」とは答えられない。
 例の「二次元規制アンケート」と同じだ。対面でインタビューされて「10歳以下の幼女が強姦されるエロ漫画は規制されるべきでしょうか」などと質問されれば、当事者的表現者でもない限り、そうそう「いいえ」とは答えられない。9割賛成のまやかしである。
 このような統計マジックの悪用も「不謹慎」「不遜」、内心の自由への挑戦、内心のオカズへの……なのである。

 既成概念とか偉い人とか、見えない枠組みにとらわれて向かうべき道を見失うんじゃねえよ。大人しくしてるのが一番いいとは限らない時だってあるんだぜ。
 まあ俺は今回、これでも精一杯大人しくしてるつもりなんだ。言いたいことだけは言って、実際はルール内で動くって言ってるんだからな。

キャンドル販売館

拍手[0回]

PR
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Comment:
Pass:
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック