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おもに少年愛と小説に関する雑記。エッセイとコラム
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こっそりやりましょうよ
 表日記から以下転載

大阪府堺市の図書館で「ボーイズラブ」小説貸し出しを巡り騒動に
ttp://news.mixi.jp/view_news.pl?id=705939&media_id=54
(Mixi記事なので……要旨は、図書館が閉架書庫にBL本を移動し18歳未満閲覧禁止扱いにしたところ市民団体の抗議により再度閲覧可にしたというようなこと)

 仮に出版元が「成人向け」を標榜している書物であれば、これは当然18歳未満貸し出し禁止にすべきだが、そうでないなら勝手な線引きは図書館の権限ではなさそうである。

 ただし過激な性描写を含むのであれば、公的機関において「子どもでも借りられる」状況はもちろん好ましくない。個人的な本音としては別に何の害もないとは思っているが、一般通念としてはそうでない。あんまりどうどうとはどうかと思う。ああいうものはコッソリ見るものだ。
 出版元において自主規制、ゾーニングを行わないで何でもあり状態にしていると、かえって権力の介入を招くことになる。

 住民運動の方は、どうも方向性を誤っている気がするが、公的機関に勝手な線引きをする権利があるとするのは、これも大きな間違いである。

 表現物がわいせつであるか否か、有害であるか否か。あらゆる権力にはこれを線引きする権利はない。本当は一切ないが、権力も表現する側も0か100かを選択しない。

 成人女性のポルノなどでは、局部を隠蔽すればよしという妥協点で、あとは表現する側の自主規制である。

 今回の場合は、18歳未満閲覧禁止のゾーニングが妥当だ。ただし男の子同士の恋愛だから全てアウトというのもおかしい。性描写や挿絵のインパクトで、図書館が独自に判断してよいと思う。いやはややっぱり線引きが面倒だ。「置かない」って選択はないのかねえ、とも思うが。


 自分がこれ系の作家側であることは伏せていますので表現はマイルドですが、本音は歪めていません。

 だいたい国会図書館のように、いかなる反社会的出版物も資料として保存するような場所ならともかく、こういうところに何でボーイズラブなんだよ、と思わずにいられないです。

 僕が中学生の頃、古本屋でこっそり見つけた薔薇族で自分の属性を確認し、うしろめたさとドキドキを味わい、店主と顔を合わせないようにしながら購入して、後ろの方のページで、少年愛雑誌の広告を見つけ、二丁目に行ってみたいとか通販しようかとか、煩悶懊悩したことが懐かしいです。
 ドミナ倶楽部やマニア倶楽部、炉系の雑誌も、二十代前半までは、ほぼ古本屋が供給源でした。

 現在amazonでは、BL系は「女性向け」というジャンルで、アダルト扱いではありません。
 BL本を読んで女は男のようには劣情を催してないとか論外ですし、同性愛と性描写を扱う書物で、明らかに刺激を狙ったものというのが、誰でも簡単に手に取れる状況というのは、僕としては抵抗があります

 これはつまり、良識ある人達の、「青少年の健全育成に害がある」とかいう発想とは異なります。
 
 禁断の果実というものは、禁じられこっそりと手にするものだからこそアダムとイブを魅了したのではないですか? ってことですね。

 手にしようと思えば手にできるけど、ダメなんだ、人にばれると恥ずかしいんだ、こっそり楽しむものなんだ。
 エロス、背徳、変態行為……こうしたものは、密やかに楽しむもので、だからこそドキドキして、いいもんなんじゃないのかな、と思うわけです。

 あけっぴろげに、男の子同士が好きあって何が悪いんだ、性の多様性を認めないのか、とか来られると、「わかるけど、俺は同意しねえ」と言いたくります。
  ゲイの市民権拡大もそうで、はっきり言うけどゲイは変態です。人前で男同士堂々と抱き合える社会とか、同性婚には僕は同意しかねます。

 密やかに、しかしだからこそどこにも線引きをせず楽しめる禁断の世界を守り育てたいと思います。そのためには太陽の光は邪魔なんですよね。
 あらゆる規制から解放された制約のない底知れぬ闇に、僕は魅了され、自らも人を魅了してみたい、とか思います。


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